西沢裕司の親・家族・生い立ち経歴は?【障害】精神不安定での犯行。

今回の記事は西沢裕司親・家族生い立ち経歴は?【障害】精神不安定での犯行というタイトルで書きます。

こちらの事件戦後重大事件の新事実2018という特番で特集が組まれています。

20年近く前に起こった事件ですが、いまだに語り継がれる凶悪事件ですね。

まずは事件の概要をみていきましょう。

※関連記事

◆西沢裕司さんの現在〜刑務所内から訴訟を起こし勝訴していた!


◆凶悪犯が獄中で描いた絵が怖すぎる….

スポンサーリンク


全日空61便ハイジャック事件の概要

ハイジャック事件の概要
1999年7月23日、羽田発、千歳行きの全日空のジャンボ機(B747)が包丁を持った犯人にハイジャックされた。

犯人は長島直之機長(当時51)に操縦を代わるよう要求。

断られたため、長島機長の首などを刃物で刺して命を奪ったとされる。

同機に乗り合わせた非番のパイロット(当時)、山内純二さんはコックピットのドアを体当たりで開けて操縦かんを握り、間一髪のところで旅客機(乗客・乗員517人)は救われた

事件としてはかなり凶悪で、もしかしたら、飛行機がハイジャックされたまま、街に突っ込んでしまい、何百人、何千人もの被害者を出してしまいかねない事件になっていた可能性があります。

間一髪で墜落は免れましたが、当時の乗客の方達は本当に怖かったのではないでしょうか?

この事件を起こした犯人は西沢裕司という男性ですが、彼は一体どのような生い立ちや経歴で親や家族はどのような方だったのでしょうか?

情報があるかぎり調べてみてのでみていきましょう。

スポンサーリンク

西沢裕司さんの生い立ちや経歴

西沢裕司の経歴
◆1970年 東京に生まれる
◆小学校 2、3年にいじめにあう
◆中学・高校 名門の武蔵中学・高校に入学
◆大学 一橋大学へ入学(東大に本当はいきたかった)
◆大学2年〜3年 羽田空港でアルバイトをする
◆1994年 JR貨物に就職(一人暮らし始める)
◆1996年 会社でうまくいかず自ら命を断つ事を考えるが失敗
◆1996年 実家に戻る
◆1999年 ハイジャックを起こし逮捕
◆2005年 裁判で無期懲役を言い渡される
◆2019年 現在服役中

これがざっと経歴や生い立ちを記したまとめになります。

ここで注目すべきはまずは中学校・高校・大学と超名門だという事ですね。

中学から大学まで超名門学校を出ている。

中学校が武蔵中学・高校の一貫校となっています。

武蔵中学・高校一貫校とはどれくらいのレベルなのでしょうか?

調べてみましたが、恐ろしいレベルですね。

偏差値69ですね。しかも全国順位が41位とは、相当優秀な人しか入れない感じですね。

しかも中高一貫校なので高校受験は外部からおそらくできず、中学受験を余儀なくされる感じですね。

全国でみて41位ということはおそらく、進学する大学も東大や京大のような国公立のトップの学校ばかりなんでしょうね。

西沢裕司さんはどこの大学だったのかと言うと一橋大学を浪人して合格だったようです。

スポンサーリンク

東大志望だったが行けず、一橋大学に入学

本当は東大に行きたかったようですが、1年浪人して一橋大学に入っています。

東大ではなく、一橋大学へ入学です。これも挫折を味わったのではないでしょうか?

一橋大学がレベルの低い大学だと思ったら大間違いで、この大学もめちゃくちゃレベルが高いです

偏差値67です。恐ろしくレベルの高い大学です。

学部にもよりますが、平均的に見ると日本で3番目に難しい大学のようです。

めちゃくちゃ優秀ですね。

東大にももう少しで入学していたのかもしれません。

エリート大学生って感じで将来を有望視されていてもおかしくなかったのですが、、、なぜこんな事件を起こしたのでしょうか。

また、大学時に羽田空港でアルバイトをしていた事もかなり事件に関係している気がしますね。

スポンサーリンク

大学時代に羽田空港でアルバイトをしていた

西沢裕司さんですが、大学時代に羽田空港でアルバイトをしていたと言う情報があります。

大学2年〜3年の時ですね。

一橋大学のキャンパスは3つあるのですが、羽田空港からの距離を考えると千代田キャンパスに在学していたのではないかな〜と推測されます。


引用元:http://www.hit-u.ac.jp/guide/campus/access.html

国立と小平からは羽田空港はかなり遠いので、せいぜい千代田キャンパスなのではないでしょうか?

この羽田空港でのアルバイトが彼をハイジャックへ駆り立ててしまったのでしょうか?

そして彼は大学を出てから、JR貨物という会社で働いています。

スポンサーリンク

就職したかった航空会社に落ちてJR貨物へ就職

この時、またしても志望していたところに落ちてしまうことになります。

本当は航空会社に就職したかったが、1994年にJR貨物というJRの配送部門の会社へ就職します。

ここで志望の航空会社へ就職していたら何かが変わっていたのでしょうか。

JR貨物へ就職した西沢さんですが、人間関係の理由からうつ病になり、会社を退職してしまいます。

この時は一人暮らしだったのですが、一人暮らしをやめても実家にはすぐに戻らず、ここからしばらく放浪してしまいます。

その後実家に戻った後にはコミュニケーションが他人と取れない状況や、

今会社を辞めてしまったのは父母の育て方が悪い恨むようになったと言います。

この後、彼はハイジャック事件を起こしてしまうことになります。

どこで彼の人生がおかしくなってしまったのでしょうか?

こういう事件って親の育て方がおかしかったのでは?と感じてしまう部分もありますね。

西沢さんの親や家族はどのような人たちだったのでしょうか?

スポンサーリンク

西沢さんの家族や親に関して

西沢さんの家族は父親母親の両親の他に、祖母5人で暮らしていたようです。

父親特許事務所勤務母親専業主婦東京工業大学出身の兄は大手化学メーカーに勤務していたようです。

かなりエリート一家という感じですね。

その中でも西沢さんが一橋大学なのでずば抜けて賢かったようです。

家族がどのような人たちであったかの記述はほとんどなかったですが、母親が専業主婦で祖母も家にいるので、

愛情が足らなかったとかお母さんや家族に構ってもらえなかったなどの理由は少ない気がしますが。

西沢さんは小さい頃から真面目で、性格はおとなしく、ほとんど友達がいなかったとか。

鬱になってからは母親や家族は西沢さんが何かをしでかすのではないかと監視していたと言います。

スポンサーリンク

母親や家族が西沢さんを止めていた!

西沢さんが犯行に及ぶ前に母親と家族が止めていたようです。

これを見るに、母親や家族は西沢さんの事を心配していたのではないかと思われます。

母親や家族が心配していた証拠にハイジャックに及ぶ前に自宅を飛び出す時に西沢さんが持っていた飛行機のチケットを見てこう言っています。

母親や家族のコメント
「飛行機はやめなさい」

こういうと西沢さんは下記のように話しました。

西沢さんのコメント
「じゃあ、電車で行く」

ここから悲劇は始まってしまいました。

この一部始終を見ると、家族は心配しており、西沢さんを止めていたのではないかと思いますね。

また実家に西沢さんが帰ってから4回ほど精神科に受診させていたようです。

診断結果はいずれもうつ病でした。

こうして取り返しのつかない事件を彼は起こしてしまったのですね。

スポンサーリンク

精神不安定で投薬を繰り返していた

JR貨物を辞めてからは精神が不安定で家出などを繰り返していたようです。

また投薬する薬の量も多くなった行ったという事です。

以上のことから犯行前は薬も大量に服用しており、精神的にはかなり不安定だったのではないかと推測されます。

障害があったとまでは言えませんが、東京地裁での裁判の時には、薬の服用で廃人のようになっていたと父親がコメントしています。

父親のコメント
東京地裁(大渕敏和裁判長)で開かれ、西沢被告の父親が証人として出廷した。

父親は、事件について謝罪した上で「息子は精神科の医師の指示で薬を飲んできたが、副作用でひどい時は廃人のようになった」と述べた。

副作用が大きい薬ってかなり怖いんですね。薬なしではもう生きられなくなるのでしょうか。

※関連記事

◆西沢裕司さんの現在〜刑務所内から訴訟を起こし勝訴していた!


◆凶悪犯が獄中で描いた絵が怖すぎる….

スポンサーリンク

まとめ

いかがでしたでしょうか?

犯行の裏には色々な要因があったのではないかと思うような経歴でしたね。

精神薬によって精神も不安定になっていた可能性もあります。

このような事件が2度と起こらないようにセキュリティ強化を行って欲しいですね。

※関連記事

◆西沢裕司さんの現在〜刑務所内から訴訟を起こし勝訴していた!


◆凶悪犯が獄中で描いた絵が怖すぎる….

今日の記事はこの辺で終わります。

また記事書きます。

読んで頂きありがとうございました。

スポンサーリンク




お問い合わせはこちらから

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です