【不思議】植松聖の母親は漫画家で生い立ちが謎すぎて理解不能!

神奈川県相模原市で起こった障害者施設殺傷事件。
犯人として逮捕されたのは植松聖被告です。

そんな植松聖被告の母親ではないか?とあるホラー漫画家の方が噂になっているんです。

そこで植松聖被告の母親は本当にホラー漫画家なのか、
人物像から植松聖被告の生い立ち、さらに書いた絵についてまで詳しく調べてみました!

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植松聖の母親はホラー漫画家

植松聖被告の母親が、ホラー漫画家の植松麻里さんではないかということが噂になっています。

その植松麻里さんが書くホラー漫画には血まみれの少女が登場するものもあったりして、影響を受けたのではないかと言われています。

植松麻里さんは1990年代に刊行されていた月刊誌のホラー漫画家で、過激な描写もあるというのです。

もし植松被告が幼少期に母親の描く漫画を見ていたとしたら、それが影響となって今の人格ができあがった可能性もありますよね。

植松麻里さんはホラー漫画雑誌「ほんとうにあった怖い話」や「ホラーM」で連載を持っていたというので、影響を受けていた可能性はありますよね。

ですがこちらは確定的な情報ではなく噂です。

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植松聖の母親の人物像

植松麻里さんの人物像についても調べてみました。

引用:https://twitter.com/_larry___/status/761748633658077184

植松聖被告の母親は近所から明るい人と言われていて比較的評判はよかったそうです。
しかし野良猫の餌やりで近所トラブルがあったという噂もあります。

このご近所トラブルで植松一家は引っ越しをしたのですが、そのときに植松聖被告は一人残されたようなんですよね。

なんとなく家族の中に何か問題を抱えていたのではないでしょうか。

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植松聖の生い立ち

では植松聖被告の生い立ちを詳しく見ていきましょう。

植松聖被告は1990年1月20日に東京都日野市に一人っ子として誕生します。
日野市にある多摩平団地で生活をしていました。

1991年1月に戸建てを購入し家族で引っ越しているのですが、その場所が事件が起こった「津久井やまゆり園」からわずか500メートルほどの距離なんですよね・・・。

もちろんその頃は明るく陽気な性格の子供時代を送っていた植松聖被告。

小学校に入学すると、勉強は苦手だが人懐っこい性格だったという植松聖被告。

何の問題もなくすくすくと育っているように思いますが、実は小学校、中学校時代に接した重度の障碍者に対してこのように思っていたと証言しているんですよね。

小学校入学から中学校卒業まで同級生にK君という重度・重複障害者がいました。多くの時間を特別クラスで過ごしていましたが、時々一緒に授業を受けることもありました。K君は自分の頭を叩きながら奇声をあげて走りまわり、人の消しゴムを食べてしまいました。送り迎えはK君の母親が来ていましたが、私はK君の母親の笑顔が思い出せません。いつも重苦しい表情でした。

引用:https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20191229-00156955/

この頃から重度障がい者に対しては何か思うことがあったのでしょう。

しかし中学時代も明るくムードメーカー、真面目と悪い印象を持つ人はほとんどいなかったとか。

高校は「私立八王子実践高等学校」の調理科に進学し、将来の夢はコックでした。

ですがここで事件が起こります。
入学してすぐ、同級生を殴るなどの暴力事件を起こして学校にいられなくなった植松聖被告。
「神奈川県立津久井高等学校」の定時制に転校したという噂がありますがこれは真偽が不明です。

またこの頃には交際していた女性もいたとか。

大学は帝京大学文学部教育学科に進学し学校の先生を夢見ていました。

大学4年の2011年には教育実習も行っていて子供にも人気の先生だったんです。

順風満帆に思えるのですが、この頃から半グレと呼ばれる集団とつるんだり、大麻にも手を出すようになっていたとか・・・。

なんとこのような入れ墨を入れたりして見た目も変貌していったんです。

結局教員免許は取得したものの教師にはなれず、原因はこの入れ墨です。

家族も植松聖被告を残して引っ越してしまい植松聖被告はこの頃から変わってしまったんでしょうね。

大学卒業後は飲料メーカーの自販機に飲料を補充する仕事をするもすぐに辞めてしまい、いくつかの職を転々とします。

その後事件現場となる知的障害者福祉施設「津久井やまゆり園」に非常勤職員として採用され、その後常勤職員となっています。

しかし入れ墨の彫り師になることも夢見ていたようで知的障碍者に対する偏見も持っていたとか。
結局彫り師は危険な発言や大麻などが原因で破門となったそうです。

「津久井やまゆり園」でも危険な発言や異常な勤務態度をとっていて、2016年2月に衆議院議長公邸を訪れ犯行予告の手紙を出しています。

植松聖被告は保護されますが2016年7月26日に「相模原市障害者施設殺傷事件」を起こしたのです。

なんとなくこれを見ていると生い立ちにも問題があるように感じますよね。
表向きには明るく振舞っていたようですが、心の奥で何か闇を抱えていたような・・・。

それが抑えきれなくなったことと、何か知的障碍者に対する偏見を小さいころから持っていたことが犯行につながってしまったのかなと感じ取れました。

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植松聖の書く絵

植松聖被告の書く絵も波紋を呼んでいます。

うまいと思いますよね。

元々彫師を目指していたということで納得のクオリティです。

この絵だけを見ると才能がもったいないなと感じてしまいます・・・。

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まとめ

植松聖被告の母親、生い立ちから絵までご紹介してみました。

母親は確かな情報ではありませんが、ホラー漫画家というのは何か植松聖被告に影響を与えた可能性がありますよね。

それに生い立ちを見てみて、複雑ではありながらなぜそうなってしまったんだろう、と思うことが多いです。
絵の才能がこれだけあるのに、なぜこのような犯罪を起こしてしまったのでしょうか。

現在死刑判決が出ていますが今後どうなるのかに注目です。

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